「入ってみようよ」みっちゃんが言いました。
二人はしばらくミドリガメを見ていたのですが、縁台の奥にある熱帯魚店の入り口に気づいたのです。外から入るとやや暗いけれど、電気がたくさんついていました。ガラス戸を開いたとたん、もわっと生ぐさい異臭がたちこめ、義経くんはくっさーと叫びました。
においに慣れて来ると「うわーすごい」義経くんはまた驚きの声をあげました。
何列もある左右の棚の上から下まで、大きな水槽がたくさん並んでいました。中央に平台の列があって、そこにも水槽があります。水槽はガラスの回りをステンレスの枠で囲われていて、
ぶくぶくから空気がたくさん出ていました。1個1個のぶくぶくはホースが繋がれています。どこかから空気を送っているらしいです。
床はコンクリートそのままで、ところどころ水に濡れて色が変わっていました。
天井は高く、学校のような蛍光灯が並んでいるだけですが、水槽の1本1本は赤っぽかったり青っぽかったり、特別に明るかったりと、その雰囲気に合わせてさまざまな色彩を見せています。特別の蛍光灯を使っているのでしょう。どの水槽にも砂が敷かれ、ぺんぺん草のような水草が植えられていました。いろいろな魚が特別な光で照らされ、夢のように綺麗です。
見渡したところ店内には誰もいませんでしたが、建物正面の入り口には、八木先生がおっしゃった通り犬ネコ小鳥の売り場があるようです。女子が何名かいるようで、かわいいーとか笑う女子の声と共にけたたましい犬の鳴き声も聞こえていました。同じ部屋なのでしょうが、南国の高い植木が衝立代わりにずらっと並んでいて、その向うにも互い違いに並んでいるので、子供の背で奥は見えません。
「水族館みたいだね」とみっちゃんが言いました。義経くんは水族館に行ったことも無いし、こんなにたくさんの水槽が並んでいるのを初めて見たので、とても興奮していました。
入ってすぐの平台に「アマゾンの殺し屋」と大きな立て札がありました。大きな水槽に10匹ほどのピラニアが入っており銀色に輝いています。水草などは無くて、暗い色の砂が入っているだけでした。大きな頭の赤ら顔で、下顎が突き出し、鋭い牙が生えていて、とても獰猛そうでした。お腹が真っ赤です。
立て札をよく見ると「大きな牛にも大群で襲いかかり1分で骨だけにしてしまう」と書いてあり、義経くんは動けなくなりました。水槽に直接マジックで「手を入れないで下さい。大ケガをします」と書かれているではありませんか。
「手入れてごらんよ」
みっちゃんが言いました。義経くんはぶるぶるしました。
みっちゃんは義経くんの手を引き、水槽に近づけようとしました。ピラニアが集まって来ます。
「いやあ」義経くんはピラニアと目が合ったような気がして怖くなりました。
みっちゃんは笑って、自分の手をボチャンと水槽に突っ込み、ピラニアが集まって来る前にすぐ抜いて見せました。ピラニアはむしろ驚いて逃げたような感じです。一瞬のことで、義経くんはみっちゃんの行動にあっけにとられていました。
「あ、グッピーだよ!」
みっちゃんは叫んで走って行きましたが、義経くんはピラニアとにらめっこしたままです。なんだか不意をつかれてうろたえてしまったピラニアが、復讐に燃えて睨んでいるように見えました。
「よっちゃーん」みっちゃんの呼ぶ声に、義経くんはやっと後ずさりしながら動きました。ずっとピラニアに睨まれたままでした。ピラニアが見えなくなると、義経くんはホッと胸に手を当てました。まだドキドキしています。みっちゃんは中央に置いてある頑丈そうな専用台にいました。置かれた水槽のガラスに、びちゃっと顔をくっつけています。
でも、義経くんはみっちゃんが見ているものに気づくより早く、違うものを見てしまったのです。
それは「ナイル川の小人ワニ」と書かれた水槽でした。その水槽は大きくはありませんでしたが、浅く水が張ってあるだけで、平たい大きな石がいくつか入っていました。トカゲくらいの小さなワニが20匹ほど入っていて、石の上で重なっており、おもちゃのように動きません。妙に口の短いワニで、小さい割にお腹がでっぷりと横に広がり、ワルそうな顔をしていました。
義経くんは、そーっと水槽の中に手を伸ばしました。
みっちゃんの行動に感化され、自分でもなにかしてみたかったのでしょう。そーっとそーっと指先を伸ばして行きます。ワニは微動だにしません。ガラスのような目はどこを見ているのかわかりませんでした。そーっとそーっと。石の上に群がったワニにあと10cmくらいのところまで近づいた時、かぱっかぱっと何匹かの口が開き始めました。義経くんはビクッと指を引きました。その瞬間、今まで指があったところへワニが一斉に襲いかかりました。凄い勢いでした。水際にいたものまで襲って来て、バシャバシャ水しぶきが上がりました。
「うわあああああっ!!」
義経くんは飛び上がって逃げました。背中がなにかにぶつかりました。
「いってーっ」
振り向くと、みっちゃんが鼻を押えながらうめいていました。
「なにやってるの、ガラスが割れちゃうよぉ」
みっちゃんは、もう片方の手で水槽を指さしました。
「あっごめ・・」
義経くんは絶句し、またまた動けなくなりました。
それはグッピーの水槽で、色とりどりの宝石のようなたくさんのさかなたちがヒラヒラと優雅に舞っていました。
「き・れ・い」安堵からか、あるいは感動からか、つぶやいた義経くんに一筋の鼻水が流れました。
義経くんは鼻水を拭うのも忘れ、呆然と立ちすくんでいます。赤や青の大きな尾ひれにいろいろな柄が入ったグッピーがいました。水槽には葉の広い茶色や緑の水草や石組みがあって、ビー玉も入っておりブクブクの淡い空気玉がとても清々しく感じられました。
「こいつ目が赤いよ」みっちゃんが1匹を指差しました。
義経くんはその指の先に吸い寄せられるように歩み寄りました。それは体の赤いグッピーで、本当に目まで真っ赤でした。