ガードレールなどというものの無い時代です。3年2組30名の児童は、田んぼに落ちないよう、かといって車道へはみ出さないよう、簡易舗装された道を二列に並んで歩いていました。この道は夏になるとコールタールのにおいがプンプンして、足の裏に溶けたタールがくっつくので不評でしたが、今はまだそんな季節には早い時期でした。

 「今日は遅くまでいらっしゃいますね」
八木先生が緑のおばさんに挨拶しました。児童のみんなも口々に挨拶しましたが、本当は朝来たときに挨拶しているのでとまどい気味でした。
「デパートへ遠足なんですって?朝この子たちに聞いて待ってたんですよ」
緑の帽子をヘアピンで止め、黄色い腕章をつけたおばさんはニコニコしながらも、先生の服装を上から下までじっとり眺めました。
当時デパートへ行くというのは大変な娯楽で、正装が当り前だったので、いくら引率といえ、先生のように体操着で出かける人はいませんでした。
「うぉっほん。それはご苦労さまで・・」
ピピーッ!信号が青に変わり、おばさんは鋭い笛と共にビシッと横断旗を振り下げました。ちょうどオート三輪が一台停止し、おばさんは意味も無く三度もその前で旗を振って笛を吹き鳴らしました。

 「いってらっしゃーい」
児童たちを笑顔で見送り、反対側まで誘導しておばさんは手を振りました。

 今日は指折り数えて待った遠足の日です。
本当は遠足ではなくて課外授業の日だったのですが、八木先生は、歩いて遠くへ行くのが遠足でバスに乗るのは遠足とは言わないという変な信念を持った人で、この日こそが遠足だと何度も繰り返していました。

 八木先生は体育の先生で、赤ら顔のがっしりした人です。今日は肩から白いバッグを下げ、紅白の両面体操帽を白にして被っており、ゴムをしっかり顎に止めていたので、なんだかとても不気味でした。先生は何度も振り返り隊列を確認しながら先頭に立って歩いて行きました。

 車道を横切るとそこはもう未舗装の路地で、冬になると霜柱が立ち、サクサク音を立てて歩く児童たちは皆霜焼けに悩んだものですが、今はもう春。初夏と言ってもいいほどの気候です。
 義経くんは嬉しくてたまりませんでした。
この日のために、お母さんから新しいリックサックを買ってもらったからです。
それは真っ黒なナイロン製で、それまでの青くてゴワゴワしたポッケのいっぱいあるリックと違い、とってもスマートでかっこよかったのです。半そでのポロシャツもお気に入りでした。

このシャツにはワンポイントのマークが入っていて、ワニが傘をさしていました。もちろん何のマークかわからないのですが、お母さんが「くっくでいる」と言っていたので、くっくを着ていくと義経くんは宣言しました。胸の反対側にはカラーそうめんを食べた時ついたおつゆの染みが残っていたのですが気にしませんでした。お母さんは英語が読めるので凄いです。

 でもその嬉しい気持ちは長く続きませんでした。
「あっ」義経くんは変な声を出しました。
「どうしたの?」隣りを歩いているみっちゃんが聞きました。
「ううん、なんでもない」義経くんはそう答えて、足を地面になすりつけるように歩き始めました。にゅるっという感触と共に、義経くんはイヌのウンコを踏んでいました。

 ここでウンコを踏んだなどと騒げば、みんなからふんじょうけ扱いされてのけ者にされます。義経くんは、なにごとも無かったかのように足をズリズリさせて歩き、お母さんの言った通りだと思いました。

 本当は靴もオニュウのズックを履きたかったのですが、お母さんから靴ずれを起こすのでいつものを履いて行きなさいと言われしぶしぶ上履きのような靴で来ていたのです。足の甲のところに太いゴムが通っていてその上にオバQの絵が被せてあるもっさらこい子供靴で、友達が履いている紐ズックと比べるとずいぶん間が抜けて見えました。

 義経くんは、デパートにどうしてもズックを履いて行きたくて、思いっきり泣いて抵抗しました。お父さんも味方についてくれたのですが、その時、お母さんはこう言ったのです。

 「この子は人一倍ウンコとガムを踏んでくる」

お父さんは納得してしまいました。
 
 確かに義経くんは、どこかへ行くと必ずウンコかガムを踏んで来ます。ウンコは洗えば流れますが悲しい気持ちは流れません。ガムは底に入り込んでなかなかしぶといのです。
そういえばよく蝿取紙にも引っ掛かりました。ダラ〜ンと吊り下がった蝿取紙を頭にくっつけ、粘着テープでねちゃねちゃになった髪から外そうと引っ張って、天井から全体が落ち、蝿取ターバン(とハエそのもの)を巻いてしまうことすらありました。洗ってもねちゃねちゃが取れず、髪を切ったこともありました。

 でも義経くんは吉田くんのように、便所で滑ってスリッパを落としたことも無かったし、石井くんのように肥溜めに落ちたこともありませんでした。
もっとも義経くんの家は水洗だったので、スリッパを落としても大事には至らなかったでしょう。本当は天井の水槽から垂れた紐に手が届かず、流すときはいつも中腰になって紐を引いていたのですが、他の子はズボンを上げてから立って流してました。そんなことは誰も知らないことです。とにかくオニュウの靴を履いて来ないで良かったと義経くんは思いました。

「屋上へ行ったらまずグッピーを見に行こうね」
義経くんの苦労も知らず、みっちゃんが言いました。みっちゃんはスラッとした色白の少年で、黄色い帽子が良く似合いました。とても礼儀正しくて大人からも誉められていましたし、女の子からも人気がありました。

 でもみっちゃんはおばあさんがスカンジナビア人で、そのせいかちょっと変わったところがあります。特に給食のパンに対するこだわりが強く、生パンに固いマーガリンを塗るのは野蛮人のすることだといつも怒っていました。しかもパンのおかずが二色竹輪だの五色煮豆だの鯨ベーコンだのマカロニ煮込みだの和風なのは変だと言っていました。贅沢は敵だとお父さんから教わった義経くんにとって、みっちゃんの言っていることはわがままでしたが、スカンジナビア星人がパンをどう食べるのか知らないし友達なので、義経くんはにひゃっと笑って聞くだけでした。

 とにかく、席替えをすると、みっちゃんの机からは、化石のように固くなったパンがたくさん出てきました。みっちゃんは外見は日本人そのものなのですが、吉田くんから他国の血が混じっていることに関する意地悪を言われたときは猛然と怒り、化石パン7個を吉田くんの頭に命中させました。それ以来、吉田くんと石井くんはみっちゃんに一目置くようになり、友達の義経くんもあまり苛められなくなりました。いじめられっ子の義経くんにはなによりもありがたいことでした。

 吉田くんと石井くんは影でみっちゃんのことをピエールと呼んでいて、みっちゃんはとても嫌がっていました。なぜなら再放送でやっていたおそ松くんに出てくるフランス人がピエールという名前で、そいつはとっても間抜けだったからです。みっちゃんはフランス人ではなく日本人ですが、アメリカ人ですらTVでしか見たことが無いわけで、スカンジナビアがどこにあるか誰も知りませんでした。