補足

・水槽

 
こちらの写真はミクロさんから頂いた左・3尺(90cm)、右・4尺(120cm)のなんと現役ステンレス水槽です。
ステンレス枠はバフ仕上で綺麗なのですが、ガラスとの間にパテがはみ出しているのが良くわかります。


nrさんから頂いた尺5(45x30x30)水槽の写真
アルゴン溶接のステンレス枠で大きさも当時の
一般的なサイズです(36年前の写真だそーで)

当時の水槽メーカーには、寿工芸、吉田製作所、東京観賞魚、四葉工房、日本宇宙水槽工業などがありましたが、友藤金属工業(トモフジ)が圧倒的に強く、市場の6,7割を占めていたようです。
既にブリキ枠からステンレス枠が主流となっていました。この頃から水槽規格の主流は、60x30x36cmのいわゆる二尺寸で、値段は4000円程度。高いですね。
ステンレス枠の水槽はブリキ枠に比べると綺麗なのですが、使っているうち、補修後のパテがはみ出してもっさらこい感じになり果てました。(水漏れを補修して使うのが当り前だった)

現在の主流であるプラスチック枠の水槽が出回ったのは昭和50年頃のことです。
プラスチック枠とシリコン接着のおかげで小汚いパテがはみ出すことも無くなり、開発した日本水槽工業(ニッソー)は、一躍トップシェアメーカーとなりました。

アクリル水槽の歴史は意外に古く、昭和40年代前半には市場へ出回っていたのですが、ガラス水槽に比べ割高、傷がつきやすい、黄ばむなどの理由から、普及はしませんでした。



・「キックの鬼」沢村忠

本名白羽秀樹。日本キックボクシング協会所属。
必殺技「真空飛び膝蹴り」を引っさげ、日本中をキックボクシングの虜にしたカリスマキックボクサー。

昭和42年、東洋ミドル級王座奪取。昭和44年、東洋ライト級王座奪取。
昭和44年に判定負けを喫するも、以後、昭和52年の引退まで破竹の134連勝を続ける。
昭和48年、日本プロスポーツ大賞受賞。
通算成績・241戦232勝(228KO)5敗4分

その活躍は「キックの鬼」というマンガになり、アニメ「キックの鬼」では主題歌を歌って大ヒット。
アニメも高視聴率をマークして、当時、 山篭りの修行をした際、弱い気持ちを断ち切るため片方の眉毛をそり落とした、などの逸話は日本中が知っていました。

大ブームになったキックの試合は、日テレ、TBS、東京12チャンネルがそれぞれ独自に放送。
つまり最盛期のキックボクシングには週4本のレギュラー枠があり、その他に特番が組まれることもありました。「キックの鬼」の裏番組がキックの試合だったこともあるようです。

キックボクシングとは、打倒ムエタイを目指して作られた新格闘技です。
沢村忠と共にメジャースポーツとなり、その引退と共に下火になって消えました。


・ダッコちゃん

昭和35年に発売され、空前のダッコちゃんブームを起こした、タカラのビニール人形。
正式名称「木のぼりウィンキー」。男の子と女の子、両方が作られた。
発売当時の価格\180。年間240万個売れたが、実際は品不足で店頭から消えており、偽者も数多く出回ったようです。



こちらは現代のだっこちゃん。
バリエーション、グッズも豊富で、隠れたヒット商品。





・岩崎 登

ある時は所沢雲黒斎、ある時は岩崎くだる青年。

言うまでもなく偉大なグッピー育種家であり、その育成販売と月刊誌の連載を通じ、常に業界をリードし続けてきたグッピー専門店「所沢熱帯魚」の御大です。

昭和62年発刊の「グッピー専科」が、オイルショック以降くすぶり続けて来た日本のグッピー界、いや世界中のグッピー愛好家に与えた衝撃と希望は計り知れません。

現在はパソコンを使いこなし遺伝学もマスターされていらっしゃいます。
販売するグッピーが常に素晴らしいのはもちろんですが、勤勉であること、常に進化し続けること、そのお人柄と共に、業界トップとして君臨し続けている理由はこんなところにもあるのでしょう。


今回、岩崎さんに簡単なメールインタヴューをお願いしましたのでご覧下さい。
グッピーと関係ないことは聞く機会がありませんので、ある意味貴重かと思います。

質問1 昭和60年、グッピー専門店、所沢熱帯魚を開店。でよろしいでしょうか?
 最初は普通の熱帯魚屋で、金魚やミドリガメも売っていました。でも、金魚は白点病になり、ミドリガメは腐って死ぬのですぐやめました。
ディスカスやコリドラスも売っていました。ちなみに、ヤットサニーより先にターコイズを殖やしていましたし、コリドラスのステルバイも日本ではかなり早い時点で殖やしていましたよ。それから、ダッチが流行ったときは水草もやっていました。
 グッピー水槽は16本でスタートし、1年後にはグッピー水槽が300本になり、器具の販売をやめました。その後、他の熱帯魚、水草をやめグッピー専門店になりました。といっても、途中でショーベタを少しやりました。

質問2 所沢熱帯魚を開く前、なにをされていらっしゃいましたか?
 サラリーマン&ギャンブラー(本職は競輪)です。
会社を辞めて、競馬の予想会社をやろうと思ったのですが、家族と子供がいたのでカタギの仕事にしました。

質問3 アクアライフ、楽しい熱帯魚の連載はいつ始まりましたか?
 途中、原稿落としたこと、または休載したことはありますか?
 アクアライフは86年から、楽しい熱帯魚は95年からです。
お金をいただいている仕事なので、取材や病気などで休載、ということは一度もありません。

質問4 趣味はありますか?
 趣味は競馬と宝塚(かなめさんのファンです)。
映画「ピンポン」に出ていた「姿 晴香」は娘役のトップスターでした。


岩崎さん、新刊著書の原稿でお忙しい中、即答下さいましてありがとうございました。
AL誌の連載が約20年、楽熱が10年・・。このような長期に渡り、一度も落とすことなく入稿するなんて神業としか言い様がありません。普通1年くらいでネタが尽きます。「グッピー専科」の専科は宝塚からでしょうか?
久々の新刊に期待しています。
'05/08/03

・岩崎登氏の代表的な著書
グッピー専科 ブリーディング・テクニック
著者:岩崎登/池田力|出版社:マリン企画|発行年月:1987年 04月
グッピーの美 品種のポイントと作出の実際
著者:池田力/岩崎登|出版社:マリン企画|発行年月:1995年 06月
グッピーを楽しむ
著者:池田力/岩崎登|出版社:エムピージェー/マリン企画|発行年月:1996年 02月