錆びたトタンが打ちつけられた古い家並みが続き、軒先にはチューリップやマーガレットの花が咲き乱れていました。小さな小川にかかる橋を越えると原っぱで、もう夏草がぼーぼーに生え始めています。小川といっても水はどぶ色で、義経くんのお父さんはそこで泳いで育ったといいますが、とても信じられませんでした。
空き地の間に家がぽつんぽつんとあって、今度は田んぼになりました。まだ水は張って無くて、あぜ道の蓮華や菜の花がとても綺麗でした。
みんな、アーム筆入れの話をしたりウルトラマンや魔法使いサリーの話をしたりしていましたが、それも途切れて来ると、八木先生は自分が初めてデパートの食堂でハンバーグを食べた時の感激や、音楽の山田先生が屋上でオカリナと縦笛の発表会を指揮した時の話、脱線して理科の井波先生が蝶の採集でNHKラジオに出演した時の話や、大嫌いだったチーズが大好きになった話などをしてくれました。義経くんも、時々給食に出てくる小さなチーズの塊が大嫌いだったので、その話を聞いて、今度から食べられるかもしれないと感心しました。
女子の田中さんが、デパートの食堂でソフトクリームを頼んだら、鉄の枠がついた台に乗って来て感動したと発言していました。義経くんはみんなが食べ物の話ばかりするのでお腹がすいて来ましたが、今日のお昼はデパートの食堂で食べることになっていて、おやつの持込みは固く禁じられていました。そのかわり学校を出る時、一人一本ずつバナナを貰いました。
電車通りへ出ると、急に人も多くなって賑やかになりました。
道路は広くきちんと舗装されており、信号では車が何台も連なって、バッタンと方向指示器の矢のようなプラスチックが飛び出しています。オート三輪やホロのついたトラックが多く、中にはダットサンやスバルの乗用車もあって、天気が良いので三角窓が開いていました。
真ん中に電車の通るレールが敷かれ、網の目のように電線が張り巡らされています。電車待ちの停車場にはベンチが置かれ、スカーフを頭にかぶったお姉さんや買い物かごを下げたお母さんが電車を待っていました。
車道と歩道を分けているのはコンクリートの低いブロックだけで、歩道もアスファルトで舗装されていました。道沿いの商店街はまだ開いたばかりで、店の雨戸を開くおじさんや、キコキコとビニールの屋根を巻き下ろすおばさんが先生に挨拶していました。
黄色い帽子をかぶった小学生たち30人もが行儀よく並んで歩く姿は珍しいらしく、みんなが声をかけてくれました。木箱のビールやプラッシーを車に積んでいた米屋さんは何人もの子と顔なじみらしく、一人ずつ名前を呼んでいました。みっちゃんは八百屋のおばさんに声をかけられ、ここ、熱帯魚いるんだよと義経くんに説明しました。当時は熱帯魚の飼育がさかんで、特にグッピーがブームでした。小鳥屋さんはもちろん、八百屋さんや魚屋さんにも水槽があって、グッピーを売っていました。
義経くんのお母さんは近所の市場へ買い物に行くのが日課で、義経くんも銭湯でフルーツ牛乳やコーヒー牛乳が売り切れていた時は、市場の中で牛乳瓶に入ったリンゴジュースを買ってもらいました。中の魚屋さんにグッピーがいるのは知っていましたが、その時間には閉まっていることが多かったし、開いていても迷路のように蝿取紙が垂れ下がっているので怖くて近寄れませんでした。お風呂上りの髪に何本ものハエトリがくっついてはたまりません。一生ハエターバンを巻いて、ハエを取りながら生きて行く恐怖に義経くんは耐えられませんでした。
そういえば、夏になるとトリモチといって、二つ折りした紙の中にネトネトの糊がついていて、竹ざおの先にその糊をつけるセミ取り用の道具があったのですが、義経くんは一度、開いた紙を思いっきり裸足で踏んづけ、そのままの姿で帰ったことがありました。
知らず知らずのうちに自分からネトネトにくっついて行く習性があるのかもしれません。
大通りの交差点を曲がるとそこはアーケード街で洋品店が立ち並んでいました。石畳の道をごつくて黒い自転車に乗ったおじさんが行き来しています。道にまで衣装がつり下げられ、大きな音でレコードが流されていました。それは「聖者の行進」というアメリカの民謡で、なにを歌っているかわかりませんでしたが、義経くんには「五円出っせーっ!」と聞こえました。
ゴエンダッセーゴエンダッセーの大合唱が転調し野太い男の人の声がゴッエンダッセッと迫って来ます。義経くんはサイフの入ったポケットのボタンがちゃんと掛かっているかお尻に手を回して確かめました。当時五円は子供にとって貴重なお金で、五円あれば駄菓子屋さんでガム一個や麩菓子一本、2B弾が買えました。でもチクロ入りファンタやチェリオは十円出さないと飲めませんでした。
商店街を抜けると、道の向こうにデパートがそびえ立っていました。一際高くて綺麗で立派な建物でした。屋上からは巨大なアドバルーンがいくつも上がっていて、黄色や赤の広告が垂れ下がっていました。観覧車の一部も見えましたが、動いてはいないようです。デパートの壁にも垂れ幕や看板が飾りつけされていて、とても華やかでした。
八木先生は信号待ちの時、手を上げて「これから屋上へいきまーす!」と宣言しました。みんな大歓声で手を挙げ、そのまま横断歩道を渡りました。