入り口の中央には回転扉があって、両脇にガードマンのおじさんが立っていましたが、歩道を渡って来る子供たちを見ると、隣りの大きなガラス戸を開放してくれました。お世話になりまーすと先生が声をかけ、子供たちも挨拶をしました。ガードマンさんもニコニコしていました。デパートの中はひんやりしており、香水のにおいが強くたちこめていました。見渡す限りのショーケースに宝石や化粧品が飾られ、原色の艶やかな制服を着たお姉さんたちが乳白色の光の中で微笑んでいました。平日の朝なのでお客さんはほとんどいません。

 エレベーターへ向かう途中で女の子たちは皆、ドレスや指輪の前で立ち止まってしまい、資生堂のお姉さんが試供品を配ってくれたので更に混乱しました。先生も笑いながら困っていました。

 「バナナ食おーっと」
前を歩いていた吉田くんが振り返り、挑発的にリックを降ろしてバナナを出して見せました。
石井くんもみっちゃんの前にバナナを突きつけ、皮をむきました。二人はコンビでいつも一緒にいて、クラスで一番のワルでした。お揃いのラッパズボンをはいていて、ビッグジョンというのだそうです。学校にジーパンをはいてくるのは悪いヤツと決まっていたのですが、時々みっちゃんもはいて来るので義経くんにはよくわかりませんでした。でも自分には似合いそうもないと思っていました。

 石井くんも吉田くんも体は大きかったですが、みっちゃんはスカンジナビア人の血を受け継いでいるし、義経くんもわんぱく剣道クラブに入ってからみるみる大きくなっていたので、特に小さいということはありませんでした。

 吉田くんのお父さんはポンポン船の船長で、毎朝川へシジミを採りに行っていました。船長といっても他の乗組員はひとりだけで、西田キカンチョーと呼ばれていました。ポンポン船は焼玉機関という独特のエンジンを積んでいて、西田キカンチョーはガス掃除のモサだそうです。キカンチョーは時々学校へ吉田くんの体操服を届けに来たりするのですが、おじいさんで片足をひきずっており、ラバウルでやられたと言っていました。戦時中は魚の油を燃料にして動かしていたのでよく爆発したと話していることから、撃たれたのではないようです。

 石井くんの家は廃材工場で、たまに車やTVなどもあって、真空管やブラウン管を割ってものすごく怒られたことがありました。石井くんのお父さんはハワイへ行ったことがあるのが自慢で、義経くんは、ドライフラワーになった花のレイや、水着のお姉さんと笑っている写真を見せてもらったことがあります。当時は1ドルが360円に固定され飛行機代も高額でしたので、ハワイへ行くことなんて夢の夢でした。
石坂浩二と浅丘ルリ子のハニムーン先がハワイで、洋上のキスシーンがスター千夜一夜で放送された翌日などは、女の子たちの瞳が星のように輝いていました。義経くんはお父さんに、ハニムーンがどこだったのか聞いたことがありますが、飲んだくれたお父さんは手鼻をかみながら町民プールだよばーろー、まあ飲めと答えたので、義経くんは衝撃を受けました。
後でお母さんに聞いたとき、熱海だと教えてもらったのでホッとしましたが、お父さんが普通のところへハニムーンしたのがいささか意外でなりませんでした。
義経くんのお父さんは腕が良いと評判の大工で、昔かたぎの頑固な人でした。お酒が大好きで酔っ払うといつも義経くんにも飲まそうとしてお母さんに怒られていました。

 なんとか女の子たちの興奮も収まって、先生は頭をぺこぺこ下げながらエレベーターへ向かいました。みんな二列に並んでいるかぁと先生は叫び、振り向いたとたんチンと音がしたので、あわてて向き直りました。1階のランプがついて、エレベーターが降りて来ました。

扉が開くと、中から突拍子もないほど派手な衣装のお姉さんが出てきて、先生はギョッとのけぞりました。上へマイリマース、上へマイリマース。お姉さんは二度繰り返し、大げさなポーズで自ら上下してみせました。