みんながこぞって手のひらを上に上げ、上えマイリマースと真似したので、お姉さんは一瞬無表情になりましたが、すぐ笑顔に戻りました。
「一度に全員は乗れませんがどうしましょう」
お姉さんはエレベーターの扉が閉まりそうになったので、三角形のボタンを押し、先生を見て聞きました。
「あ?ああそうですな、あー、それでは男子だけ先に行かせましょう。お前らちゃんとおとなしく出たところで待っているんだぞ」先生の体操帽は恐ろしいほどに違和感があって、岩のような顔が際立って見えました。
「はーい!」男子たちが、ある者は腰をくねらせ、ある者は小さく飛んで、上え参りマースのポーズで返事をしたので、先生の顔はますます怖くなりました。その目が吉田くんを見て細くなりました。なんと吉田くんは隠すことも忘れ、食べ終わったバナナの皮を差し上げていたからです。
みんな順番にエレベーターに入りました。先生は外で立っていて、その隣りでお姉さんがエレベーターのボタンを押し続けていました。義経くんとみっちゃんが中へ入るともうほとんど満員で、ぎゅうぎゅうになりました。
吉田くんと石井くんが続きました。
二人は左手でお腹を押さえ、右手をその上に覆いかぶせるようにしてバナナの皮を隠し、先生の前を通り過ぎようとしました。
「こらっ!」待ち構えていた先生が吉田くんの左腕を掴み、引っ張りました。
「あっ」いきなり強引に引かれて、吉田くんはバナナの皮を落としてしまい、驚いて先生を見上げました。
「お前と石井は残れっ」先生は今度は石井くんをにらんでいました。先生はとても力が強く、半そでの腕は筋肉隆々でした。半ズボンの足は毛むくじゃらで、足まで浅黒く日焼けしています。吉田くんは痛い痛いと叫び、やっと先生は手を離しました。
「あのぉ、それではこちらは出発ということで」
エレベーターのお姉さんがおそるおそる尋ね、先生は直立不動になりました。はいっよろしくお願いしますと先生は言いました。エレベーターのお姉さんは、片手でボタンを押したまま、もう片方の手を高々と上げました。
「はい、それではみなさーん、屋上へ参りまーはうぅ」
一歩踏み出したとたん、お姉さんは、吉田くんの落としたバナナの皮を踏んでつるっとすべり、前のめりに倒れました。
「うがっ!」 義経くんが叫びました。つんのめったお姉さんが、必死で義経くんのリックを掴んでいました。義経くんはそれまで入り口を向いて先生と吉田くんのやりとりを見ていたのですが、お姉さんの入ってくる場所に立っていたため、みっちゃんが気を利かせて服を引っ張ったところだったのです。なぜか勢いで義経くんは反転し、みっちゃんと向かい合っていました。そこへお姉さんが突進して来ました。
「あっ」義経くんのリックが思いっきり引かれ、続いて猛烈な勢いで押されました。お姉さんは乳母車を押すおばあさんのような格好で義経くんごとエレベーターの中へ突っ込みました。
「うぎゃああっ!」義経くんは激しくみっちゃんに体当たりさせられ、みっちゃんも倒れるようにのけぞって後ろの子にのしかかりました。後ろの子も将棋倒しに後ろの子へ体重を預けました。一番奥の子が壁際で両手を上げぎょえ〜と叫びました。でも満員だったため誰も床に倒れたりはしませんでした。お姉さんはまだ義経くんのリックを掴んでいましたが、自分の強く握っているものがなにかぐにゅぐにゅしています。お姉さんは咄嗟にそれをニギニギしました。
チンとベルが鳴りました。
「上へ参り・・」何事も無かったかのように身づくろいしたお姉さんが振り向くと、先生と吉田くんと石井くん、女子全員が、ぽか〜んと口をあけたまま見送っていました。「マース」という前に扉が閉じました。
エレベーターが動き出すと、自分の体重が倍になったように感じ、義経くんは気分が悪くなりました。屋上へつくまでお姉さんはそ知らぬ顔で天井を向いたまま髪を整えていました。みな無言で、階数を示す数字のランプが切り替わって行くのを眺めました。特に誰もケガは無いようです。
屋上へ到着し扉が開いたとたん、もわっと生暖かい空気が吹きつけ、強烈な日差しと音楽がみんなを迎えてくれました。お姉さんは楽しんで来てねと笑顔で見送ってくれました。そして誰も乗らないのに下へ参りマス下へ参りマースと二回繰り返してドアが閉まりました。手の動きにみんな注目していましたが、下へ下げるような感じでした。