エレベーターを出た右側には大きな建物があって、室内へ通じるドアがありました。
その前にビニールの日よけが張り出しています。日よけの下に、大きさの違う物置小屋が展示され、その隣りにはゴムの木のような不思議な葉をした大きな植木がたくさん並べられていました。植木に囲まれるように縁台がありました。綺麗な鉢植の花々が咲き乱れ、盆栽やアロエの鉢などがところ狭しと置かれています。肥料や園芸用具も見えました。
室内も園芸品売り場のようですが、子供たちの興味はそんなところにありません。建物の屋根越しに見える観覧車やモノレール、回転飛行船や上空にそびえる大量のアドバルーンに目を奪われ、ピーとかゴーとか鳴っているゲーム機の音や音楽にどきどきしていました。
植木の隣りにも縁台がたくさんあり白い洗面器が並べてあります。たくさんの水槽や砂袋が積み上げられているので、熱帯魚用品の売り場なのでしょう。熱帯魚用品の前に赤い屋根のテントがあって、噴水ジュースの販売機が置かれています。黄色いのはパインジュースで赤いのはオレンジジュースでしょうか。黄色や赤いジュースが、ガラス容器の中で勢いよく噴き出しているのが見えていました。テントの下でお兄さんがたこ焼きか焼きソバを焼いているらしく、いいにおいがしています。でもエレベーターから見たところ、お客さんになりそうなのは、義経くんたち児童のほか二人しかいませんでした。
左側はデパートの外周でコンクリートの塀です。双眼鏡がたくさん並んでおり、子供が乗るための台が設置されていました。お金を入れると何分かの間だけ見ることが出来ます。デパートは一番高い建物なので、町中の景色が良く見えるのでした。
つきあたりには直径10メートルはあろうかという巨大なアドバルーンが見えていました。遊園地の装飾品として設置されているようです。「世界の郵便切手展7階」と書かれた垂れ幕が下がっていました。最下部は高さ2メートルくらいのところにあるので、大人が垂直とびすれば簡単に手が届くでしょう。その下は日陰になっていました。ハンチング帽をかぶった女の人がカメラを構えて撮影しています。アドバルーンの下を男の人がうろうろ調べていて、女の人がなにか怒っていました。
地面にはウィンチのような機械があって、そこから伸びたロープは網の目のように組まれ、アドバルーン中央から出たいくつもの突起に固定されています。紅白のアドバルーンはとても鮮やかで大きく、初めてデパートの屋上へ来た義経くんはとても驚きました。つきあたりの右側が遊園地ですが建物に遮られてよくわかりません。みんな早くそっちへ行きたくてうずうずしていました。
「カメだ!」みっちゃんが突然走り始めました。
縁台の白い洗面器前に「アマゾンのミドリガメ」というノボリが風にはためいており、みっちゃんはそれを見つけたようです。本当はエレベーターの前で先生たちを待っていないといけないのですが、みっちゃんの後を義経くんも一緒に走りました。みんな続きました。
洗面器のひとつひとつに、真っ黒なデメキンや真っ赤ならんちうなど綺麗な金魚が入っています。イシガメやミドリガメも、大きさを揃えて入れられていました。それぞれの洗面器に値札が貼られていましたが、子供のお小遣いではちょっとつらい値段です。ミドリガメたちは、浅い水面から首を伸ばしたり、手足をバタバタさせて泳いだりしていました。
4cmほどのカメは鮮やかな緑色をしており、甲羅に黄色の縁取りがあって、頬に赤と黄の線が入っています。ちょっとした動作がとても可愛らしく、お祭りの縁日でしか見たことが無かった義経くんは、顔をくしゃくしゃにして喜びました。当時、ミドリガメは、秘境アマゾンを感じさせてくれる一番身近な生き物だったのです。本当はどこから来ているのかわかりませんが、誰もアマゾン以外から来たなんて疑っていません。
後から来た子供たちがジャンプしたり押したりしましたが、吉田くんと石井くんがいないので、突き飛ばされることもありませんでした。でもみっちゃんが横から顔を出していたヒロシくんに場所を譲ってあげたので、義経くんもいやいや古賀くんと交代しました。
「ぼくたち遠足?」さっきアドバルーンの写真を撮っていたお姉さんが噴水ジュースの前にいて、みっちゃんに話しかけていました。みっちゃんがお姉さんの黄色い腕章とカメラを見て、お姉さんブンヤさんですか?と聞いたので、お姉さんは大笑いしました。
「そうよ、わたし毎日新報の江戸川由利子。カメラマンなの。あっちのお兄さんは星川航空のパイロットでSF作家の万城目くん。淳ちゃん、行くわよー」お金を入れてもいない双眼鏡を覗いていたお兄さんに声をかけ、お姉さんはすたすたとエレベーターへ歩いて行ってしまいました。
みっちゃんと義経くんは口を開いたまま二人の後ろ姿を見ていました。お姉さんは綺麗な人でしたが、ちょっとラゴンに似ていました。
すぐにエレベーターが上がって来て、八木先生と残りのみんなが降りて来ました。エレベーターのお姉さんと女子たちは仲良くなったらしく、手を振り合っています。入れ替わりにさっきの二人が入り、下へまいりマースという甲高い声は義経くんのいるところにまで聞こえました。