「全員いるか?」八木先生はただちに男子生徒を集め人数を確認しました。
先生は率先して歩き始め、みんな後に続きました。噴水ジュースの色が鮮やかで、水滴の落ちるガラスが冷たそうでした。
テント下のお兄さんは白衣を着て額にハチマキをしめており、鼻の下にヒゲがありました。とても怖い感じの人です。焼きソバを炒めながら、チラチラと子供たちを見ていました。

 「うわあっ!」
みんな歓声をあげました。
角を曲がると、そこは別世界でした。広場には、たくさんの遊戯施設があって遊園地そのものです。
一番奥にある高い観覧車がひときわ目立つのはもちろん、流星号の形をした乗り物が高いクレーンで吊り下げられ、メリーゴーランドのように回っています。クレーン塔の下は屋根があって、本当の回転木馬が回っていました。クレーン塔の隣りには二階建ての駅があり「モノレールのりば」と書いてあって、屋上広場を半周するようにモノレールのレールが取り巻いていました。その手前には、自分で運転できる消防車やパトカー、戦車のゴーカートがあります。派手な音楽やチャイムは、それらの施設から聞こえて来るのでした。ポップコーンとアイスクリームの売り場があり、そこにも噴水ジュースがありました。それらのテントにはお兄さんではなくおばちゃんがいて、子供たちの団体が来たので急に声を張り上げています。
 
 でもお客さんは本当に少なく、ベンチに座った浮浪者が3人くらいと、大きな紙コップのビールを持ったサラリーマンの人しかいません。平日朝のデパート屋上には、そんな人くらいしか集まらないのでした。

 先生は、全員をキリンや龍やゾウのロデオが並んだテントの横に集め、体操座りさせました。ちょうど、大きなアドバルーンが背にあります。
「先生も平日デパートに来たのは初めてだ。まるで貸切みたいだが、行儀よくするんだぞ」
八木先生も笑顔でした。みんなはーいと元気良く答えました。
「使っていいお小遣いは百円まで。お金の無いやつは」
先生は建物の入り口を指差しました。
「グッピーでも見ていなさい。あのお店には犬もネコも十姉妹もいるぞ」
みんな、なぜか大笑いしました。
正面入り口には、グッピーいますと立て看板があり、建物の右側が動物と熱帯魚の売り場、その奥がさっき通ってきた園芸品売り場で、建物左側は室内遊技場になっているようです。

 「田中、お前は百円でなにをする?」
先生が女子の田中さんに聞きました。
「はい。わたしはまず綿あめを作ります!」田中さんが即座に答えて、みんなまた大笑いしました。
来るときアイスクリームの話をしたばっかりだったからです。
「お前は食べることばっかりだな。よし、大岩、お前は?」
男子の大岩くんはちょっと考え、パチンコと答えました。またみんな笑いました。
「ヒロキ、お前は?」
「えーと、ドライブゲームとヘリコプターゲームとペリスコープとスマートボールと・・」
「もういい、ゲームっ子かお前」
先生は呆れて、それ以上聞くのをやめてしまいました。

 「自由時間は30分だ。集合時間になったらマイクで呼び出しをかけてもらうからな。放送が流れたら全員すぐに・・」
先生はあたりを見回してから、もう一回建物の入り口を指差しました。
「グッピーの看板前に集まるように。それから7階で、世界の切手展を見学後、昼食をとって帰る」

 先生が行動予定を話している間、みっちゃんは肩に下げていた水筒からお茶を飲んでいました。みんな喉が渇いたのかお茶を飲む子が多く、義経くんもリックを降ろしました。リックの中を覗いたとたん、義経くんの目が開きました。なぜだか知らないけれど、学校で貰ったバナナがどろどろに溶けていて、買ったばかりのリックに染み出しているではありませんか。
黒くなった皮が弾けて、黄色いじゅくじゅくが水筒にまでべっとりついています。まるで誰かに握り潰されたかのようでした。義経くんは、奇っ怪なものが新品のリックを汚しているのに耐えられず、かってバナナだったもののヘタを指先で摘んでコンクリートの地面に置きました。

 その時、突風が吹き、後ろのアドバルーンが大きく傾きました。みんなの上に大きな影が落ち、どよめきが起こりました。屋上に時折、吹き上げるような突風が起きるようですが、原因は誰にもわかりません。おかげで義経くんのバナナは誰にも、みっちゃんにさえ気づかれませんでした。

 「よし、みんな一人で行動せず、誰かと一緒にいるように。はぐれたら先生のところへ来い。先生はそこのベンチにいるからな」先生は言いました。
「解散!」
児童全員、一斉に立ち上がりました。義経くんは置いたバナナをチラと見ながら、みっちゃんと建物のほうへ歩きました。
乗り物に乗る子達もいるようで、女子の半分は観覧車のほうへ向かっています。男子は全員、室内ゲームのようです。入り口まで歩いていくと、吉田くんと石井くんはそのままエレベーターのほうへ行ってしまいました。

 入り口の手前に不思議な機械が並んでいました。ディズニーの大きな絵が描いてあって、ダンボとバンビと101匹わんちゃん大行進でした。双眼鏡のように覗くレンズがついていて、なにかしきりに喋っています。
「なにこれ?」
義経くんの問いにみっちゃんは、映画館だよ、お金入れると映画見れるんだよこれ、と答えました。義経くんはレンズに目を当てて覗いてみましたが、真っ暗で何も見えません。でも耳元で落ち着いた女の人の声が、コイン投入口にお金を入れて下さいと喋っていました。実際は音声付のカラースライドなのですが、義経くんは、こんな小さな中に映画館が・・とあまりの不思議さに絶句しました。

 「さっきのミドリガメ、もう一回見たいな」
みっちゃんがそう言ったので、義経くんはくっついて行きました。
焼きソバのテントに、もう石井くんと吉田くんが座っていて、パインジュースを飲んでいるところでした。
「おう、お前らも食う?」吉田くんが言いました。二人はなにか食べるらしいです。
「お腹いっぱいになると、お昼食べられなくなるよ」みっちゃんが答えます。
「お前は母ちゃんか」石井くんが言った瞬間、エレベーターに乗って来たのか突風に飛ばされて来たのか、ぷ〜んとハエが飛んで来ました。
ハチマキのお兄さんの目がキラッと光りました。目に見えないほどの速さで手が動き、なにかを掴んでいます。お兄さんは何事も無かったかのように焼きソバを反し始め、4人の子供たちは一瞬のことに呆然と佇むばかりでした。